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小泉八雲とは何者か:『怪談』の作家ラフカディオ・ハーンの生涯と、松江・妻セツとの日々

2025年秋に始まったNHKの連続テレビ小説『ばけばけ』は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と妻の小泉セツをモデルにした物語です。ドラマをきっかけに、「小泉八雲ってどんな人?」と気になった人も多いのではないでしょうか。インターネット百科事典ウィキペディアの日本語版でも、小泉八雲の記事は2025年10月から2026年9月までの1年間に約493万回閲覧されています(ウィキメディアの閲覧数統計より)。島根県松江市の小泉八雲記念館がまとめた年譜をもとに、その生涯と、日本との深い関わりを整理します。
この記事のポイント
- 1850年にギリシャのレフカダ島で生まれ、アイルランドやアメリカで暮らしたのち、1890年4月に来日した
- 来日した年の8月から松江の島根県尋常中学校で英語を教え、そこで小泉セツと出会った
- 1896年に日本に帰化して「小泉八雲」と名乗り、東京の帝国大学で英文学を教えた
- 1904年4月に『怪談』を出版し、同じ年の9月26日に54歳で亡くなった
生まれはギリシャ、育ちはアイルランド
小泉八雲記念館によると、パトリック・ラフカディオ・ハーンは1850年6月27日、ギリシャ西部のレフカダ島で生まれました。父はアイルランド出身の軍医、母はギリシャのキシラ島の出身です。
2歳でアイルランドに移り、イギリスとフランスで教育を受けました。16歳のときに遊びの最中のけがで左目を失明しています。19歳のとき、両親に代わって彼を育てていた大叔母が破産し、ひとりでアメリカへ渡りました。厳しい生活を経験したのち、新聞記者として文章を書くようになります。
1890年、日本へ
記念館の解説では、アメリカで出会った日本文化や、ニューヨークで読んだ英訳の『古事記』などの影響で来日を決意したとされています。1890年4月に日本に着き、同じ年の8月には松江の島根県尋常中学校に英語教師として赴任しました。
松江で過ごした期間は、実は1年3か月ほどです。年譜によると、1891年に身の回りの世話をするために小泉セツが雇われ、同じ年の6月には、現在「小泉八雲旧居」として公開されている北堀町の屋敷にセツと移り住みました。11月には熊本の第五高等中学校に移るため、セツや家族と一緒に松江を離れています。
年譜で見る、日本での14年
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1890年 | 4月に来日。8月、松江の島根県尋常中学校の英語教師に |
| 1891年 | 小泉セツと暮らし始める。11月、熊本の第五高等中学校へ |
| 1893年 | 長男・一雄が誕生 |
| 1894年 | 日本についての最初の著書『知られぬ日本の面影』を出版。神戸の新聞社に移る |
| 1896年 | 2月に帰化手続きが完了し「小泉八雲」と改名。セツと正式に結婚。9月から帝国大学で英文学を教える |
| 1903年 | 帝国大学を解雇され、後任は夏目漱石に。その後、早稲田大学で教える |
| 1904年 | 4月に『怪談』を出版。9月26日、心臓発作で死去(54歳) |
生涯で約30の著作を残し、翻訳、紀行文、そして日本の古い物語を英語で語り直す「再話文学」が中心でした。
『怪談』が今も読まれる理由
亡くなる半年前に出版された『怪談(Kwaidan)』には、「耳なし芳一」や「雪女」など、日本の古い怪異譚を英語で語り直した物語が収められています。日本人が身近に聞いてきた話を、外から来た人の目で丁寧に書き留めたことで、日本の物語が海外に広く知られるきっかけになりました。
こうした物語の素材の多くは、妻のセツが語って聞かせたものだと伝えられています。小泉八雲記念館では、セツの人生に光を当てた企画展「小泉セツ―ラフカディオ・ハーンの妻として生きて」も開かれました。ドラマ『ばけばけ』が、八雲ではなくセツをモデルにした女性を主人公にしているのも、こうした背景があるからでしょう。
ゆかりの地を訪ねるなら
- 小泉八雲記念館(島根県松江市奥谷町):生涯をたどる展示や、遺品、著作を見ることができる。2026年9月からは、松江時代の友人・西田千太郎に焦点を当てた企画展が開かれている
- 小泉八雲旧居(松江市北堀町):記念館のすぐ近くにあり、セツと暮らした屋敷が公開されている
- 熊本、神戸、東京など、松江以外にもゆかりの地がある
開館時間や展示内容は変わることがあるため、訪れる前に記念館の公式サイトで確認してください。
まとめ
小泉八雲は、ギリシャで生まれ、アイルランド、アメリカを経て日本にたどり着き、日本人として生涯を終えた作家です。松江での暮らしは1年余りでしたが、そこで出会った妻セツとともに、日本の物語を世界に伝える仕事を残しました。ドラマで興味を持ったら、『怪談』を一編読んでみると、八雲とセツが見ていた日本の姿が少し見えてくるはずです。